パイプで作る………

人の輪・話
世界の平和

第一ボタン
第二ボタン
第三ボタン
コントロールコネクター
スクロールアップボタン
スクロールアップミドルボタン
スクロールダウンボタン
スクロールアップボタン
スクロールアップミドルボタン
スクロールダウンボタン
スクロールアップボタン
スクロールアップミドルボタン
スクロールダウンボタン

「パイプの輪」の由来

昔、長屋の住人の一人が原因不明の病気にかかった。 色々やってみたが直らない。そこで、もの知りで知られる町内のご隠居に聞いてみた。 すると「尻の穴に麦わらを差し込んで、そこから腹の中に息を吹き込めば治る」と教えてくれた。
そこで言われたとおり、患者の尻に麦わらを差込み息を吹き込むこととした。 しかしこれは、やってみると分かるが楽なことではない。 頭はボーっとしてくるしそのうち気が遠くなる。 そこで長屋の住人が交代で、代わるがわる吹き込むことにした。
中にとても清潔好きな男がいて、「オレは、他人が口を付けた所なんか、よう口を付けん」と言って、一旦尻から麦わらを抜き、前後を差し替えて吹いたんだとさ。


続きは上のスクロールボタンスクロールボタンに、ON MOUSE


「パイプの輪」現代的展開

上の小噺は我々に貴重な教訓を与えてくれる 。

  1. 先ず第一に、様々な病気や悩みは「吹けば治る」のではないか、と言うことである。

  2. 次に、貧しい庶民がお互いに助け合う、美しい心、である

  3. さらに、困難な状況を工夫することによって解決する、と言う前向きな姿勢である。
    「他人が口を付けた所など不潔で、とても口を付ける気にはならない」と言う状況を、「麦わらを引っくり返して吹く」と言う、コペルニクス的発想で解決した清潔好きな男。

これらのことは、現代においても貴重な教訓として、充分に汲み取るべきものがある。 我々はこの素晴らしい「麦わらの精神」を、今に受け継ぎ、さらに未来に引き継いで行かねばならない。

しかし、引き継ぐと言っても、只単純にそのまま真似をする、と言うことではいけない。受け継ぐのはあくまでも「精神」であり、その心である。 「長屋」の時代から、はるかに年代が隔たっている現代においては、そのテクノロジーや感性に対応した新しい展開が有って然るべきだろう。

特に「ツール」の問題が有る。
長屋の時代には、吹き込みツールとしては、麦わら程度しか考えられなかっただろう。 しかし、今我々は「ビニールパイプ」と言う優れたアイテムを持っている。 現代のビニールパイプは、長さ、太さ、柔軟性等、麦わらと比較して、はるかに融通性と自由度が有る。

パイプを使うことにより、麦わらとは全く違う可能性が開けるのではないか。 そこで、我々は「麦わらの精神」は受け継ぎながら、ツールをビニールパイプに持ち替え(差し替え)て、その可能性を探ることとした。


続きは、上の第二ボタンボタンをクリック

パイプで繋ぐ、人の輪、人の和

「ビニールパイプ」の融通性・自由度を生かすことで、「吹き込み」には様々なバリエーションが考えられる。これが世に言う「パイプ48手」だが、膨大なそのバリエーションの中から、参考までにごく一部を紹介しよう。

一人パイプ

「麦わら」では考えられなかったテクニックの一つである。
パイプの長さと、柔軟性があって初めて実現可能になった。略して「1P」とも言う。 つまりパイプを自分の尻にまわし、自分自身で「吹く」のである。

しかしこの一人パイプには、難点が二つ程有る。 一つは、考えてもらえば分かることだが、尻と口は、じつは身体の中で繋がっている、と言うことである。 あまりむきになって吹き込んでいると、思わず込み上げてくるものを感じることがある

もう一つは、パートナーを必要としない、と言う気軽さから、つい過度にやり勝ちだと言うことである。 寝付けない夜など、思わずパイプに手が伸び、ひとり、部屋の中でのた打ち回る、と言うことになる。
何事もそうだが、特にこの1Pは度が過ぎると身体に毒である。

二人パイプ(2P)

バリエーションの中ではもっともポピュラーな形だろう。
「パイプ吹き込み」は、何がノーマルで何がアブノーマルだ、と言うことは一切無いので、2Pが最もポピュラーだ、と言うのもおかしな言い方なのだが、それには理由がある。
麦わらの時代、その素材の制約から2Pが基本であった。甲が乙を吹く、と言うやり方以外は難しかったのである。
その流れを受け継ぎ、今も何となく2Pが普通だ、と言う感覚が残っている。

しかし同じ二人パイプと言っても、やはりパイプの融通性・自由度を生かし麦わらとは違うバリエーションが考えられている。いわゆる「相互パイプ」だ。つまり吹きつ吹かれつが可能なのである。
対面状態で顔を見合わせながら、パイプをお互いの身体の前でクロスさせ、吹きあうと言うのが一般的で有る。これを「正常パイプ」と言う。

しかし中にはリストラなど家庭が貧乏で、クロスさせるだけの長さのパイプを2本買えないという場合も有る。その時は一本のパイプを半分に切って使う。
甲、乙が身体を逆向きにすれば、お互いの口と尻が近くなり、短いパイプでも可能となる。 これを「パイプ69」と言い、必ずしも経済的な理由だけでなく、愛好する人も多い。

いずれにしても、この2Pは、夫婦の間で行えば夫婦円満間違いなし。男同士の間でも乙なものらしく、歌舞伎町2丁目辺りではパートナーを求める同好の士が、マイパイプ持参でたむろしている。

3P、或いは乱交パイプ(乱交P)

3人で行えば当然3Pと言うことになる。
しかし通常3人以上になった場合、乱交パイプと言うことが多い。
この場合も様々なバリエーションが考えられる。

一般的には参加者全員が前を向いて円を作り、前の人を吹くのである。これは「背面パイプ」と言う。

或いはこういうのも有る。
これはやや長いパイプを必要とするのだが、各自予め尻に繋いだパイプのもう一端を中央で集め、それをランダムに参加者に配るのである。つまり吹く相手、吹かれる相手が分からないのだ。これを「闇パイプ」と言う。

これはまことにスリリング、かつ期待に満ちた方式である。
最初は相手が分からないのだが、次第に「オレが、3浅・1深で吹き込んだら、そのリズムでもだえている人があそこにいる、ははあオレの相手はあの人だな」等と相手が判明してくる。その経過もまことに奥ゆかしく、ウレシハズカシのものである

以上は膨大なバリエーションの、極く一部を紹介しただけだが、 長屋の住人が、お互いに助け合い協力しながら、「麦わら」で病気や悩みを解消したように、今、はるかに強力になったパイプを通し、我々はお互いの悩みやトラブルを癒し、以って、人の世を、愛と信頼で満たす。


続きは、上の第三ボタンボタンをクリック

パイプで作る世界の平和

パイプは、一人一人の心を、愛と信頼で満たすだけではない。それを通じて世界の平和を実現しなければならない。 それこそが「パイプの輪」の目標である。

ブッシュとフセインも、いがみ合うだけでなく、パイプで吹き会えば良いのである。
「どうだ見てみろ、フセイン、オレのマイパイプを。デュポン社製の最高級品だぞ」
「何を抜かす、その原料はイラク産の石油じゃないか…」

時としてお互い激高の余り、思わず力が入って、スカッドミサイルがパイプを逆流し、口中を攻撃することも有るが、それも又愛嬌。吹けば、戦争など飛んでしまう。

イスラムとキリスト教のいがみ合いなども飛んでしまう。
剣とミサイルをパイプに持ち替えて吹き合えば、地球は愛のそよ風で満たされる。

我々「パイプの輪」の会員はこの世界平和を実現する為、一人でも多くの人たちにパイプを普及しなければならない。しかしここに問題が一つある。

多くの人に普及する為には、この「パイプの輪」の存在と効用を広く知らせる必要が有る。
しかし今、「パイプの輪」を直ぐに公開する訳には行かない事情が有る。あまりに危険なのである。

世界には平和を願う人ばかりでは無い。
グラマンや、ロッキード等、兵器産業や武器商人。その代理人とも言える政治家達が居る。 若しこの「パイプの輪」が公開されるやいなや、我々会員はCIA等から、「戦争の敵」として人知れず抹殺されることだろう。

いや、それだけではない。
パイプ吹き込みのテクニックに通じた我々の存在が知れた途端、我々は北朝鮮の工作員に拉致されてしまうだろう。 そして金正日の「喜び組」に編入され、金正日ひとりの喜びの為、そのテクニックが奉仕させられることになる。
我々の吹き込みテクニックは、人の和と世界平和に奉仕するものであって、個人の快楽の為のものでは無い。

今はまだ我々の力が弱く、一般に公開の段階ではない。
会員の一人一人が、「この人なら、吹いて見たい」或いは「吹かれて見たい」と思える人を、一人一人直接誘って「パイプの輪」を大きくするしかないのである。
しかしいずれ力を付け、一般に公開する日が来るだろう。その時にはこのサイトへのアクセス数は、あの「侍魂」等、ものの数ではない。

そして世界にパイプとその吹き込みテクニックを広げ、それを通じて世界平和を実現するのである。
そのことを通じ、我々はノーベル平和賞を獲得することだろう。

「パイプの輪」の高い志に共感し、ノーベル平和賞を目指す同士とともに、お互いに吹き合う固い絆を目指して、ここに「パイプの輪」会員を募集する。


第一ボタン クリックで元に戻る